舞鶴在宅介護者の会便り
No. 4
コ ス モ ス
発行2000/8

去る7月16日(日)午後1時より南公民館で、多くの会員の皆様方のご出席を頂いて「在宅介護者の集い」が開かれました。新保さんの司会、由里会長の挨拶に引き続いて、H・I子さん、K・M代さんの介護体験談、M・Tさんの住宅改修、由里会長からのアンケート調査結果の話などの後、グループ別に分かれての懇談、中間にS・K子さんのマジックショーと盛りだくさんの企画が実施され、少々、消化不良のところはありましたが、あっという間に終わりの時間がきてしまいました。
本号では、当日発表いただいた貴重な介護体験を掲載させていただきます。


介護体験発表

1、〈私の介護体験〉  H ・I子

 先日由里会長より介護体験談をして欲しいと言われ介護歴の長い多くの先輩をさしおいて申し訳なく思いますが介護2年弱の体験を話させていただきます。

 私は、68歳、主人74歳の二人暮しです。主人は平成6年12月脳梗塞で2ヶ月入院、退院後は普通の生活をしておりましたが、再び平成10年9月二度目に倒れて2ヵ月半の入院をしました。手足は震え右半身不自由となり、おむつの生活でした。退院後はパンツ式おむつに切り替え、ベットの横にポータブルトイレを置くようにしました。自分の手でパジャマのズボンを上げ下げして用を足すように訓練しました。右手が不自由なために手間取り、間に合わず、ふとん、トイレの下はべとべとになる事が毎日のようでした。でも排泄だけはできる限り自分でして欲しいと必死でした。現在も間に合わない事もありますが前に比べれば大きく進歩しました。食事も退院後は、ベッドの上で食べていましたが、少しずつ歩いて食卓でするようにし、最初は歩いて二、三歩のところに置き、その後テーブルを少しずつ離していくようにし、現在ではベッドから8メートルほど離れた場所に移動し、三度の食事ごとに杖をついて歩いてきています。魚も最初は骨を取り身だけにして皿にのせていましたが、今では骨付きのまま出しています。上手には食べられませんがこれでよいと思っています。骨を取って食べてこそ魚の味があるのではないでしょうか、形が見えてこそ食欲も出るのではないでしょうか。

 この様に本人が出来る事は時間がかかったり、汚したりしながらですが幼児期の独立段階のように見守るのも介護だと思います。介護とは忍耐です。この9月で介護2年目になりますが、入院当時から比べればよくなったと思っています。現在は要介護度4ですが、来年は3を目指したく思っています。

 介護保険がスタートし、色々勉強しなければならないことが多くあります。この一端として、この春、京都府身体障害者連合会主催のホームヘルパー3級の講習を受けてきました。4月、5月にかけ計13日間50数時間の講習で一日がかりでした。朝8時過ぎに出て、夕方6時過ぎの帰宅です。ためらいも有りましたが、遊びに行くのではなく、介護の勉強に行くのだからと、本人に納得させ、昼食、おやつ、ポットに急須と全てテーブルに置いて出かけました。お弁当も花見風にしたり、おにぎりにしたりと食欲をそそる様に工夫をしました。最初の一日は、心配して帰ってきましたが全部食べておりホッとしました。その後、13日間無事出かけることができました。本人も自分ひとりで生活できる自信ができたことと思います。医者や看護婦がしている看護と私がしている介護とは少し違うと思います。

 介護とは、自立支援です。少しでも自立的な生活を可能にする支援です。でもこれも病人の年齢、その他色々世話する人との人間関係等一人ひとりの立場が違い同一ではないと思います。私の場合は、夫婦だから遠慮なく叱ったり、おだてたりと気楽にできますが、嫁の立場ではこうも出来ないと思います。ベッド上の病人の扱い方、シーツ交換等、楽に仕事ができます。今回の舞鶴市主催の2級ヘルパー講習も6倍ほどの競争率との事、しかし、実際活動されているか疑問で全国的に見てもペーパーヘルパーが相当数と聞いております。この様なヘルパーを養成するよりも毎日必要な介護を実際にしている私達にこそ介護方法を二、三日でも講習が受けられる様、行政に持ちかけられ実現する事を希望します。

 介護者は毎日疲れています。疲れを少しでも楽にする様、手抜きする事も必要です。余り固く考えず「まあ、こんなもんでええやろ・・・」とジョークでもとばして心にゆとりを持つことが先の見えない介護者の生きる方法だと思います。最近物忘れが多くなった自分に、一昔前までは、ロマンチックに、「忘却とは忘れ去る事なり」と言っていたのに、現在では「忘却力が強くなった!!」と苦笑いの毎日です。介護者も病人だけに力を入れず自分自身の健康と色々な学習や趣味や楽しみを見つけ、明るく生活していきたいと考えています。

【コスモスの思い】
 介護の原則は、要介護者の人格と人生観を尊重して、その人がこうありたいと願う自立した生活を支援することだといわれます。その人の人格と人生観を一番よく知るのは家族ですね。それだけにコミュニケーション(心が通じ合った)がとれた家族介護に優るものは無いとH・I子さんのお話を聞き感動しました。特にご主人が奥様の気持ちを良くくみ取り、リハビリへ並々ならぬ努力をされたのではないかと拝察します。

「親切という名のおせっかい、そっとしておくおもいやり」 (相田みつお)
介護では見守りが出来ず、手を出しすぎて甘えさせて依存性を高めることが多々ありますね。
在宅介護でも、要介護者の方の障害の種類、程度や家族環境等や事情は個々に違いがあります。十人十色ですね。介護者の方の人権も有り、長く続く場合も多く、家族介護だけでは限界がありますので、社会介護の制度をうまく利用して介護者の生活の質(QOL)を高めることは、要介護者にとっても嬉しい事と思います。

〔注記〕
@ 舞鶴市のホームヘルパー養成講座(3級課程)は9月に開講予定です。詳細は『広報まいづる』に掲載されました。平成7年度からは、厚生省指導の全国統一カリキュラムによる養成・研修で、3級の場合は50時間(施設での2日間実習を含む)の受講です。ちなみに2級課程は130時間、1級課程は230時間です。
A ホームケア「家庭介護指導」という制度があります。要項は下記のとおりです。
寝たきりや痴呆のお年寄りを初めて介護するようになった家族が、お年寄りと一緒に短期間、特別養護老人ホーム・老人保健施設に入所、宿泊(家族については、通所も可能)していただき、家庭での介護に関する指導や助言が受けられます。詳しくは、市の長寿社会推進課又は各地区担当の在宅介護支援センターへ

2、〈母の介護〉K・I代さん

 母の介護をして九年目に入ります。朝、起きると「おばあちゃん、おはよう今日も元気な顔が見れて良かったね」と一日が始まります。寝たきりで、ものも言えませんが気分のいい日はにっこりと笑ってくれます。その顔を見ると8年間の辛かった事が一度に吹っ飛び介護してよかった。今では一日も長く生きて欲しいと思います。

 父が亡くなり、ショックで立ち上がれず、すぐ交通事故に遭い、4年後に頭に水がたまり、私たちと一緒に暮らすようになりました。痴呆も少しずつ始まり、20年間離れていたせいか、わが目を疑うばかりでした。
 初めは、母も私も相手を思い努力をして前向きに頑張ろうと思っていましたが、感情とは裏腹で1週間過ぎると何をしてあげても文句ばかりで、買い物に出かけても帰りが遅くなると「遅かった」と言って時間を計っています。夕食の用意をしていると「野菜の切り方が悪い」とか「こんなにたくさん作って」と怒ります。母の日、喜んでくれると思いプレゼントを買ってくると「そんなもん自分が買う」と言ったり、大切にしてあげようと思うほど意固地になり意地悪ばかり言うので、つい「いつからそんなにひねくれ人間になったんや」と大声で怒鳴ってしまう日々が続きました。「あんたも私の年になったら分かる」と言った言葉がずっと残っています。若い時、親に縁が薄くいつも人を励ましてあげていた母が信じられませんでした。

 母と暮らすようになり1年目、長男が高校生で17歳、離れて次男が生まれました。同時に主人が単身赴任で東京に転勤になり、高齢出産した私に、母は助けてやろうと思い一生懸命でしたが自分の思うようにならず足を引っ張るばかりで、子供は泣き出し、母の気持ちを考える余裕も無く、無茶苦茶で、なんて意地悪な母だと憎み、悩み、どうしていいのか分からずストレスがたまるばかりでした。そんな私を見て近所の人が、母をいじめていると思い込み、姉妹に電話をし夜中に集まってきました。今までずっと母の事を相談していたのに解ってくれなかったと思うと、何故五人兄弟の末っ子の私がこんな思いをしてまで母を看なあかんのかと思うと、頭の中が真っ白になり、気がついたら5ヶ月の子を抱えて裸足で外を歩いていました。母に「おばあさん、もう許して、私には荷が重過ぎる」と言い、上の息子に「お母さんの力ではどうにもならないから家を出よう」と決意をすると、長男が、「お母さん、いつも苦労していても今まで明るく乗り越えてくれた姿を見て、僕は励まされていたんやで。もう一度このおばあちゃんを看て頑張って欲しい。でないと、このおばあちゃんが可哀想や、誰もようみいひんで」と言ってくれ、母からは、「あんたは若いし、私はもうすぐ死ぬんや。あんたの人生の方が大切やで、好きなようにしな」と言われ、思わず泣き出してしまいました。やはり私の母親だと思いました。どんなに怒ってくれた方が楽だったことだろうと思うと、目からうろこが落ちたように二人に感謝しました。それからは、自分を反省し、愚痴は言わない、ものの考え方を変えようと思い、母が最後に私の弱いところを鍛えてくれていると受け止めました。

 今では年をとる苦しみが少しでもわかった気がします。上の息子が私のことをしっかり見つめていてくれた事を思うと本当に嬉しく、これが下の息子にとって教育だと思いました。 
 それから、母は痴呆がひどくなり、夜徘徊が始まり、部屋に鍵をかけてもガラスを割り、転んではガラスに首を突っ込んで救急車で走り、私が買い物に出ると探し回っては外で転んで救急車で走りました。主人も舞鶴へ帰って来て一緒に手伝ってくれ本当に助かりました。

 それからは、母を怒っていたのが「さあ、帰るか」とか「いつもお世話になります」とか言って二人で頭の下げ合いをするようになったり、子供のハンバーグを取っては食べて、下の子と喧嘩をしては皆大笑いです。
 3年前、風邪をこじらせて肺炎にかかり6ヶ月間入院して、それからは入退院を繰り返し、口から食事が入らなく、流動食になり喉を切開しました。

 やっと半年後、在宅介護で落着きました。共病の先生が不思議そうに、どんな介護をしているんやと聞かれます。2・3時間毎に痰を取ったり、少し気を許すと熱が出ますが、今では母に感謝しています。感謝した分だけいろんな人に守られている気がします。又、母からいろんな事を学びました。年をとる悲しさ、苦しさ、人に迷惑をかけたくないとストレスになって、私以上に苦しかったんだと思います。高齢出産で産んだ息子と母から・・・・・生まれた命も、死ぬときの命も、どちらも大切で、年だけは皆平等にとっていくことも学び、この9年間を通して、人間として大切なことは何か、また、弱い自分に闘争する事を教えられました。そして、環境に負けないで自分を生かせていける楽しさも知り、介護をしてからは、福祉サービスを使ってデイサービスやショートステイに母を預けて、押し花のインストラクターの資格をとり、入院した時、看護婦さんに頼んで、大阪へ陶器の絵付けも習いに行き、少人数ですが教えています。また母が痴呆になる前、ホームヘルパー3級の資格を取り、介護するのに役立っています。ついでに2級も取りました。

 最後に私の願いは、学校教育に介護を入れて欲しいと思います。命の大切さが解れば子供達の犯罪も無くなると思います。
 今日は、私の体験が少しでもお役に立つならばと発表させていただきました。本当に有難うございました。
 
【コスモスの思い】
 母の思いと自分の思いがうまく通じ合わない時の、困った事、悩んだ事の心の葛藤を赤裸々にお話いただきましたね。現実を心から受け入れられる、受容のきっかけになった子供さんの母への思いの言葉に感動しました。
 人は、誰しも自分の思い通りの生活(生命活動)が出来ている時には不足や不満は無いのですが、生活に障害が生じた時、「何故、自分だけがこんな目に・・・」「あいつのせいで・・・」等、悩み、苦しみ、怒り等の心理過程を経て、受容に至ると思われ、その体験によって、一回りも二回りも人間的に成長すると聞きますが、Kさんもそうなのでしょうね。
 「体験してはじめて身につくんだなあ」 (相田みつお)
 「命の花がしぼんでゆくのだけを見て、その実が実るのを見ようとしない限り、老年期の問題を間違って理解してしまう」 (動物学者ポルトマン)

〔注記〕

・福祉教育への期待と現状 
 1990年(平成2年)に、「新学習指導要領」の一部が改正され、その中に福祉教育が位置付けられ、学校教育の教育課程の中の特別活動において「勤労生産・奉仕的行事」と「奉仕的な活動」が明記されました。このことにより、学校での取り組む姿勢が変わり、新任教員の「新任者研修」の一環として福祉教育の講義や体験が組み込まれるなど、学校と教育委員会が組織的に福祉の心を育てる教育実践を展開し始めています。

 小学校段階では、「心情の育成・・・生命を大切にする心、自立心思いやりの心、助け合いの心等」
 中学校段階では、「社会福祉問題への関心と理解の深化・・・社会福祉問題への関心や発見する力の育成、社会福祉活動の意義と役割の学習等」
 高等学校段階では、「社会福祉問題解決の実践的態度の育成・・・自主的活動の醸成、問題解決案の企画、具体的援助技術の習得等」

 以上のように、児童、生徒の発達に即して、福祉教育の方法、内容が検討されつつありますが、具体的な教材や何よりも福祉教育に必要な体験的活動の機会をどのように持つのか、検討段階の課題も多く、教育現場で目に見えるような活動は未だなされていないのが現状です。
 舞鶴市の小学校、中学校で、現在行われている福祉教育の実践事例としては、身体障害者養護施設や老人福祉施設との相互交流、アイマスク、車イス体験、障害者体験談の講演等です。最近は夏休みを利用して、先生方の介護福祉施設の見学、研修会もされています。


◆舞鶴在宅介護者の会(平成12年7月現在
 ◎現在の会員数は→1号会員 48人、 2号会員 7人 (合計55人)
 ◎要介護者の性別は→男性26.7% ・ 女性73.3パーセント
 ◎要介護者の年齢は→平均77.9歳
 ◎介護期間は→平均9年
 ◎要介護度は→平均4.2度


リフッレシュ旅行のお知らせ
行き先:丹後おおみや
参加費は10000円で、別途ご案内済みです。
リフレッシュ旅行についてのお尋ねは、Tさんまで。


編集後記
20世紀最後の夏、殊の外暑い毎日が続きますね。気持ちだけでもスカッと爽やかにと色々工夫するのですが、動けば汗ビッショリ、動くのもイヤになりますね。
『コスモス』も第4号目となりました。本号は、在宅介護者の集いでの介護体験発表を中心に編集してみました。介護技術の質的向上は、理論的な学習も大切ですが、介護体験をより重ねる事が大事ですね。本会は会員の皆様の介護体験という、すばらしい財産があります。これを社会介護に生かせたらなあとコスモスを編集しながら考えています。