舞鶴で初めて自己作成に取り組んだ、織田(えみちゃん)と、藤本の珍道中。どうか特とご覧あれ!!
|
えみちゃんの介護日記
|
2001/8-9
|
プロローグ・・・ケアプランの自己作成について
2000年4月より、相互扶助と自己選択を理念として介護保険が始まった。
一般的にはケアマネージャーがそれぞれのケアプランを作成していくという流れの中、ケアプランは残された人生のライフプランそのものとして、「自分で作る」「他人任せにしない」と自己作成に取り組もうとする発想が生まれた。
自分でケアプランを立てていく事が、つまりは、もう一度自分らしい生活について前向きに人生を見つめなおす作業なのかもしれない。
8月19日(日)
マイケアプラン(自己作成)についての勉強会を開催(介護者の会)。 京都マイケアプラン研究会の佐竹さん、松浦さんのお話を聞く。 あくまでも介護保険に対する意識の啓発が目的で、自己作成への道はまだまだ遠いと考えていた。
・・数日後
「せっかくだから、介護者の会の会員さんから自己作成をやってみたらどうなの」と、某さんより声をかけられる。 すぐその気になる私の性格を知ってか知らずか・・・。 次の瞬間、織田さんの顔が浮かんだ。 介護福祉士でもあり、介護の知識も意識も高い人・・彼女なら!! 何と言って説得しようかなあ。
「ペーパーケアマネのあなたに手伝えるの・・?」とどこからか声が聞こえる。8月30日
作戦開始。
共同購入のおむつの配達のついでのふりして、「この間の勉強会どう思った?」と、何気ない顔で切り出す。(なかなかの役者?) 予想に反してすぐにOKの返事をもらう。 帰りの車を運転する手が震えていた。 これから始まる日々への期待と不安からなのだろう。
8月30日(木)
藤本さんからマイケアプランを「やってみ〜へん?」とかわいく勧められ、私自身の勉強と思って引き受ける。10日程前に京都の佐竹さんのお話を聞いて、「してみたいな〜。でも、私の所は、何もこまっていることないし、サービスも満足しているから無理やなあ」と思っていた。
なんや、初めからやる気だったのね。 織田さんの場合、現在のサービスで満足との事、とりあえずはこれまでのケアプランを継続していく方向で進める事に決定。 織田さん自身の中でもやっていこうという意気込みと共に、様々な不安があるのが伝わってくる。
9月6日(木)
1週間たつのに何の連絡もないのでほんとうにするのかどうか不安になる。
主人に「用紙を作りかけんと本当に始めるで言われたら、こまるのと違うやろか。」と相談したら作りかけてくれる。
世話になっていた人達との関係が気まずくならんかとか、自己作成が出来なくなったときの受け入れ先はあるだろうか等々、いろいろなことが、頭の中をかけめぐる。
9月7日(金)
夕方、真愛の家の濱口さんから電話をもらっていろいろ話を聞く。どうすればよいか教えてもらう。ちょっと安心。
9月13日(木)
市役所の長寿社会推進課を訪ねる。
舞鶴市はどんな対応なんだろうと、ドキドキしながら自己作成を始める人がある旨を伝える。
「私たちも初めてのケースなんで、一緒に勉強しながら頑張りましょう。」と丁寧に受け止めていただいた。 提出する各用紙は、市か本人のどちらが用意するのか等、実務的なことになるとひとつひとつこれから決めていくとの事。 とても親切で誠実な対応に心細さも吹っ飛び、なんとか出来そうな気分になった。
帰りは足どりも軽く、もしかしてスキップしてたかも・・。
9月13日(木)
藤本さんが市へ連絡をとり、「マイケアプランすることを報告に行かなくても良い。利用票が出来て、提出に行くだけでよい。」と、電話をもらう。ラッキー!
織田さんに電話したら、ご主人と利用票をパソコンで作ってみたと言う。
なんてすばらしい!
ご家族が協力的なのが、何より頼もしい!
サポーターが頼りないと、本人がしっかりするんだなあと感心しきり。
9月14日(金)
荒木クリニックのケアマネージャーさんに家へ来てもらって話をする。書き方や、提出の仕方など教えてもらう。協力的。
先生も理解があり、強力にバックアップしてもらえそう。
利用計画は変えないで今まで通りでしたいということも言っておいた。
9月15、16日(土、日)
主人と、「ああじゃない!こ〜じゃない!」ケンカをしながら利用票、提出票が出来る。
パソコンについては、よく知っているので私は頭が上がらない。いうこときくしかしかたない。
おとうさん、あ・り・が・と・う
9月17日(月)
藤本さんと計画表を見てもらいに濱口さんの所へ行く。直す箇所、省く箇所など教えてもらう。説明してもらったけどわからへん・・・・・・・
夜に直す。またおとうさんの出番で〜す。
支援センター・真愛の家の濱口さんは介護者の会の支援者でもあり、彼に聞けば何でも教えていただけると言う安心感が、今回の自己作成挑戦のポイントの一つだった。 (スミマセン・・他力本願で。)
市へ提出に行く前に、利用票・別表等のチェックを受けた。 介護保険の各点数のコード表を見せていただき、それぞれの点数の意味について説明をしてもらった。
目からうろこがポロポロと落ちた。
9月18日(火)
藤本さんと市役所へ提出に行く。きんちょうするな〜
濱口さんから連絡してもらっていたので、すんなり受理。
市の方も「いっしょに勉強しましょう」と、快く対応してくれた。
担当者 Uさんというかわいい女の子
計画表を渡して帰る。
遂に市役所へ提出の日!
前日に、明日伺うとの予約を入れておく。市も準備があるからね。 パソコンできれいに出来上がった利用票に、対応してくださった保健婦Uさん(市のケアマネさん)も驚かれた。(そやろ、そやろ!!) 少し訂正箇所の指示を受けたり、提出部数等について教えていただいた。 「一応お預かりします。」とのこと。
スムーズに終了し、市役所の玄関で織田さんとにっこり笑って別れた。
9月20日(木)
Uさんが計画表をもって家に来てくれる。そして、間違いなど説明してもらう。
介護保険証に自己作成等という名称をつけて、新しい保険証になった。
すごい市役所をみなおしちゃった。
保険証を見て肩にズシンと重みを感じる。
朝、織田さんより「市の方から家に来ると連絡があったから藤本さんも来て!」と電話があり、わざわざ自宅に来るなんてどうしたのかな・・と不安になった。 でも、Uさんのやさしい笑顔に出会い、その不安は払拭された。
舞鶴市の赤い角印の押された利用票と、「自己作成」の文字の入った新しい保険証を見た時には、思わず・・目頭が熱くなった。
また、「利用票は9月18日受け取りとさせていただきました。」との事だった。
尚利用実績はFAXでよいということになったらしい。時間の取れない介護者にとっては大変ありがたい。
三人で話している傍には、朝のすがすがしい光を浴びて静かに眠っているおばあちゃんの姿があり、介護の日常の中での、このような貴重な時間に関わる事が出来た事へ感謝の気持ちでいっぱいだった。
9月21日(金)
マイケアプランを、荒木クリニック、真愛の家に持っていく。
濱口さんに「おめでとう」と、いってもらう。
第一段階終了。
こんなにスムーズにことが進んだのも、荒木クリニックの先生やスタッフの皆さんと支援センター真愛の家の濱口さんや皆さんと、市の職員の方々の理解と協力があったからできました。ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
来月が・ん・ば・り・ま〜〜す。藤本さ〜ん、よろしくネ!
サービス提供票を各事業所へ届けた。
二ヶ所とも快く受け取ってくださり、又サービスの提供を約束してくださった。
各施設を訪れ、中の雰囲気を肌で感じたり、スタッフの対応に接する事が出来る事も、これから先の事業所の選択の目安となっていく気がした。第1回目の利用票提出を終えて・・・。
どうなる事かと思っていたが、織田さんがとてもしっかりしているのと、各事業所、市の対応が想像以上に暖かかったお蔭で、無事10月分(初回)のケアプランを作り終える事が出来た。 心から各位へお礼を申し上げたい。
また、何かと応援してくださった京都マイケアプラン研究会にもこの場を借りてお礼を申し上げる。 私たち自身も、少し事務的な作業を理解する事が出来たし、市の窓口も実績が出来、全てのハードルが少し低くなったのではないか・・と、感じている。
しかし、今回私たちが取り組んだのは、あくまでこれまでのサービスの継続であり、一番のポイントであるサービスの選択や事業所との調整をしなかったため、本来の自己作成の精神や手順からは少し外れているのかもしれない。今回自己作成をやってみて、一番良いと感じた事は、より深く介護保険を理解する事が出来た点だ。 仕組みを知らない事から生じる不信感やいらぬ憶測等が、知る事によりクリアになり、利用者とサービス提供者の相互理解につながると感じた。
また、保険の点数の成り立ちを理解する事で、より上手な利用方法を模索していける。利用者自身が主体となっていけるということが実感できた。また、全てのケースに於いて、自己作成したプランが果たして要介護者にとって最もニーズに応じたプランでありえるのだろうかという疑問を持った。自らが選ぶより、他人の目からの判断や知識の方が好ましいケースもあるのではないだろうか。 それを解決していく為には、適当な相談相手を持つ事と、地域資源に関する具体的で正確な情報を把握しておく事が必要だろう。介護者の会の存在価値が、ここにもあるのではないだろうかと感じた。
その後・・
電話で、某施設のケアマネさんと話していて、「今回、会員さんが舞鶴で第一号の自己作成されたのよ!」と自慢げに話したら、「昨年、市のほうに打診したときには無理だったのにね。」という返事。
以前から働きかけてくださっていた方々があって、今回の挑戦が叶った事を知り、改めて自分達だけで成しえた事ではないと痛感した。
介護の環境を支えている多くの方に深く感謝申し上げたい。