えみちゃんの介護日記
     
2002/5

5月5日(日)23:00 おばあちゃんは、やすらかに永遠の眠りにつきました。
おばあちゃんがショートに行ってから、孫の幼稚園の参観、孫たちとお母さんに会いに境港へ行く、私は40年ぶりに行われた小学6年のクラス会に出席、久しぶりに義兄夫婦の家に行き、お祭りを観て楽しいひとときを過ごす、そして、こどもの日の今日、孫たちを遊園地で遊ばせ、家に帰り、「ほっ!」として、のんびりしながらおとうさんと「おばあちゃんどうやろ、苦しそうな呼吸しとってないやろか、明日ゆっくりおばあちゃんに会いに行ってこ。」と話していたら電話が鳴ってびっくり!!すぐにおばあちゃんやと思い受話器をとってみると、やっぱりそうだった。急いで行ってみると、救急隊の方に人工呼吸をしてもらっていた。私は「もう、あかん。なんで・・・・おばあちゃんがおらんようになるなんて・・・・・」信じられなかった。
病院に搬送されて、家族に見守られ静かに眠ってしまいました。

7月1日(月)
おばあちゃんは自分の好きなのもを食べ、好きなことをして、行きたいところに行けるようになって、別の世界で楽しく過ごしてくれるだろうと思い、これで楽になっちゃったんやと、自分に言い聞かせつつあきらめています。
2ヶ月たった今、私の生活は、おばあちゃんが居たときと同じように、あわただしい毎日を送っていますが、ベッドや紙おむつなどが無くなった家の中はガランとして心の中と同じようにポッカリ穴があいたようです。
一つ私が楽になったことは、買い物に出ても時間を気にしなくて良いことぐらいです。
4年と3ヶ月独り言のように、おばあちゃんと話をしていたので、この癖はすぐに直りそうにないです。
おばあちゃん、いっぱい、いっぱい、いろんな事教えてくれてありがとう。
家族みんな、おばあちゃんにいっぱいいっぱい感謝しています。ありがとう。
たくさんの方に、ご協力、応援していただき、今日までえみちゃんの介護日記を続けさせて頂きありがとうございました。
これからも今まで以上に応援してください。
皆様、ほんとうにありがとうございました。

夏休みになったら忙しくなるからと8月のショートまで予約がしてあり、まだまだ昨日に続く今日、今日に続く明日があると信じていた日々の、突然の悲報でした。
通夜・葬儀の間、目を真っ赤にして泣きじゃくっていたえみちゃん。自宅を訪ねた際も、おばあちゃんの写真の前で「私たちの一番具合がいいときを選んで逝っちゃった」と、涙がこぼれていました。
5月分の日記はゆっくりにしようと話していましたが、
今夜「4年3ヶ月、一生懸命、おばあちゃんのこと思って介護してきたつもりなので悔いは残っていません。満足しています。」という言葉と共に日記が届きました。私たち介護者の会では今後も、ケアプランの自己作成は選択肢の一つとして取り組んでいくつもりです。
自己作成が、自分や家族の心や生活をより深く見つめるきっかけとなることは、間違いありません・・・。
介護日記を応援してくださった皆様に、心から感謝しています。

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